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「オーストラリアのおばあちゃん」
3月号で話をしたのは、新島のおばちゃん。

今回は、私の記憶に残る人物「オーストラリアのおばあちゃん」の話です。

94年20代最後の年、そこまで10年近くの厳しい整体指圧の修行を終え、さあ、独り立ちという前にどうしても外国に一人旅をしたかった。一人になって新しい決意を掴みたかったからだ。そこでオーストラリアという国を選んだ。どうしてオーストラリアかって?それまでもカリフォルニア、ハワイ、バリと行った中でサーフィン大国オーストラリアの波には乗ったことがなかったのである。そこで3週間の語学学校と1週間のサーフィン三昧をホームステイでという計画を立てた。
大きなスーツケースとボードバッグを手に初夏のブリスベン空港に降り立ち、バスを乗り継ぎ、ゴールドコースト、サーファーズパラダイスのステイ先に到着。初老の白人男性が迎えてくれた。あらかじめ自分のプロフィールは届いていて、私がマッサージ師だということは分かっていた。私のこの旅の3つ目の目的に開業に向けた自信を付けるというものがあった。
そこでこの海外の地でこの数年に培った腕を異国の人に試したかったというのがあり、そう主人に伝えると理解を示してくれた。その夕仕事から帰ったナースの奥さんが何やら私を
呼び、いっしょに来て欲しいという。車に乗せられ向かった先は、彼女の担当の患者さんの家だ。その人は、肺がんを患っており、背中が痛く、右腕が上がらない。それを私に治療して欲しいというのだ。寝室のベッドで15分程治療をすると、さっきまでしかめっ面だった顔も笑顔を取り戻し、肩が楽になったという。「君のような治療をする人は、ここにいない。すばらしかった。」としわしわの手で握手してくれた。
その数日後今度は、主人の実の母親の所へ見舞いに行くからいっしょに来てくれという。いつも陽気な彼だが、表情が険しい。相当病状が悪いらしい。母親はナーシングホームという重度の寝たきりの老人のための福祉施設にいた。そこは末期がん患者が多く入院していて、ロビーにいる人は皆痩せこけ目だけが動き、知らないアジア人を追っていた。病室に着くと母親は、さっそく辛さを訴え始めた。寝たきりのため、背中から腰までが痛くどうにかして欲しいとのことだった。彼女はドイツ人でドイツ語しか話せない。無論私も何を言っているのか分からない。しかしゼスチャーやボディーランゲージで意思疎通を図れば何とかなるもの。手のひらを使って優しいマッサージで対応した。終わりにハグをして涙を浮かべて喜んでくれた。
この旅でとても自信が付いた。それは技術うんぬんではなく、人が人を癒す、強者が弱者をいたわる、人として愛を分け与えるということは医療の原点で、万国共通だということをはっきりと認識できた。
帰国後届いた手紙には、二人とも亡くなったとのことだったが、私の胸には、彼らが残っている。
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