ビッグマッサー タハラ
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http://www.bigmasseur.com

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「頑張れ!亘理町」
名取川を渡ると左手に見えてくる仙台空港。

阿武隈川を渡り、亘理で有料道路を下りた。
一般道を相馬方面に数分南下し、阿武隈の河口、荒浜を目指す。進むにつれ、下半分壁のない民家が現れる。斜めに砕けた鉄筋コンクリートの倉庫は、中がむき出しだ。

学校のグランドに人影はない。船が裏返しのまま横たわる。海まで数100mという所でがれきの山に行く手を阻まれた。積み上げられた木材、鉄くずの山と山の向こうに白い一軒屋が埋もれていた。

住宅は、基礎を残し完全に消滅した。荒野に雑草が揺れた。ここは、私が20代にお世話になった仙台サーフィンのパイオニア一家が営むサーフショップが建っていた地区だ。

今日震災後初めてローカルが集まり、ビーチクリーンをするというアバウトな情報だけを頼りに来てみたもののどこか分からない。
彼らが元気な姿だけでも見たかったが、結局叶わなかった。

あきらめ適当な海岸に車を停め、なぎ倒された松林を抜け、立ち入り禁止のバリケードをまたぎ、復旧したての防潮堤をよじ登ると太陽に照らされて輝く仙台の海があった。
離岸堤の間にパーフェクトに崩れる波に乗る者はいない。水が引かないラグーンには、半分に折れたスクール用の青いロングボードが浮かんでいた。
津波は、ここに住んでいた人たちの生活の全てを飲み込んでいった。秋の風が海を見る横顔に冷たく当たった。自然と涙が溢れた。

私が所属する神奈川県鍼灸マッサージ師会は、震災直後から毎月東北各県の被災地を巡り、ボランティア活動を行なっている。9月末に有志5名と共にこの亘理町にやってきた。
町の内陸部にある町営の野球場に建てられた仮設住宅内の集会所が今回の会場だ。
事前に神奈川からマッサージ師が来ることが告知されており、大勢の人が待っていた。

到着するなり、治療が始まった。予約表は、すぐに埋まった。そこには、ベッドなどなく、床の上に座布団を敷いての施術だった。
「うちは、津波で全部流されて、帰る家がねぇの。」と淡々と語る言葉に返す言葉が見つからない。彼らは、狭く冷たい床に薄い布団を敷いて一家で身を寄せ合って寝ている。背中はがちがちに固まり、安眠できないと言う。遠くなってしまった病院に通えず、持病の薬がもらえない。ここは、若い世代の家族も多く、外では、元気に遊ぶ子供たちの姿があった。
しかし、マッサージに掛かる母親の横で落ち着かず、何度も碁石をばらまいて大人を困らせる。周囲は、そんな子供を叱らない。子供にもストレスが溜まっていることを誰もが分かっているからだ。

マッサージが終わるとそれぞれに自分の部屋に戻っていく。集会場の玄関には、「頑張れ!亘理町」と寄せ書きされた大きな日の丸が貼られ、励まし合いながら生きていた。


もうすぐ冬が来る。


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