ビッグマッサー タハラ
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「北三陸サーフトリップ」
シャッターを閉め、急いで荷造りをし、キャリアにロングボードをくくり付け、逃げるように出発した。真夜中の東北道を北へひた走り、盛岡を過ぎたあたりで限界だった。パーキングエリアに転がり込み、目覚めると、もう夜が明けていた。

遡ること4年前、仕事中に一本の電話が入った。声の主は、岩手県洋野町のサーファーだった。「明日、いっしょにサーフィンやりませんか?」サーファーの誘いは、いつも突然来る。こっちは、明日も仕事で、向こうもそれは、百も承知。自分の朝のスケジュールとコンディションに照らし合わせてみても答えはノーだった。先方も色々な用事を済ませる中の予定のひとつに私と海に入ることを思い付いてくれたのは、嬉しかったが、その誘いを断った。「いつも、仕事優先だって言っているだろ。でも遠路はるばるやってきて、誘ってくれたのに断るチョイスがあったのか?」と一日中頭の隅に引っ掛かっていた。

結局それを4年間引きずることになった。毎年届く年賀状には、三陸の波の写真を載せて誘惑している。しかし、長い休暇と相当の旅費が掛かるこの旅に行くタイミングは、そう簡単には、訪れなかった。その念願の北三陸サーフトリップを先月のシルバーウィークに遂に決行したのだった。

洋野町は、青森県との境で、震災3か月後に一度行っている。それは、このコラムにも度々書いてきたが、同町産の巨大サーフボードを大磯に運ぶため、トラックに積み込むだけのほんの数時間の滞在だったが、津波の傷跡をいたる所で目撃した。それが4年経った今は、殆どなくなり、平穏な暮らしを取り戻していた。

仮眠後、眼が冴え、海岸線を快調に運転しながらやっと待ち合わせのサーフポイントに到着した。そこには、前日、関東沖を通過した台風の波が打ち寄せていた。その瞬間、11時間の長旅の疲れは吹き飛び、ウエットスーツに着替え、パドルアウトした。沖で波待ちしていた住人は、私を見つけると「白髪が増えましたねー。」こちらも「今日は、お世話になります。」と挨拶を交わした。波は肩位の三角波で水も冷たくない。気持ちよく波に乗った。

夜は、東北の仲間も交え、三陸の魚で酒宴が始まった。震災当時の壮絶な苦労話を語ってくれた。今では、またこの地で震災前と同じように真冬の極寒の海に入る彼らは、波乗りを心底愛していた。私は、あの時、あなたの意向に沿えなかったことを詫びると、笑って頷いていた。
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