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[サーファー院長の骨休め]コラム::「サーファーズパラダイスの老人」
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「サーファーズパラダイスの老人」
治療院を開業する直前、29歳の私はオーストラリアのサーファーズパラダイスにいた。

海から少し内陸に入った、ゴルフ場のすぐ脇の坂道の途中に建つ家に1ヶ月間、ホームステイをしながら毎日語学スクールに通った。

その家の主人は、私を優しく迎えてくれた。
鼻が高くスラッとした奥さんは、毎朝早くに車で出掛けて行った。
滞在2週間にしてその人が看護師であることを知った。いつも患者さんの家に行って在宅看護をしていた。

ある日、奥さんが、私に「ヤス、あなたは、マッサージの資格があるのでしょう。私の患者さんが肩が痛いというの、一度診てもらえないかしら。」と言った。

翌日奥さんに連れられ、その人の家へ行った。

そこは、海の近くの住宅街の一角だった。
玄関を抜け、寝室に入ると80代くらいの男性が一人ベッドに寝ていた。肩まで布団が掛かっていた。眼は落ち窪み、首の皮がアコーディオンのようにひだができ痩せこけていた。

肺がんだという。

私に「おぉ、君がマッサージをするジャパニーズか。」と言って、細く白い手を差し伸べてくれた。彼は起き上がることもできなければ、寝返ることもできない。こういう末期がんの患者さんは、普通治療院には来ないので、やったことがなかった。

しかし、目の前に辛い症状を抱え、苦しんでいる人がいる。
私は、可能な限りの手を尽くした。
治療が終わると彼は、とても喜んでくれた。

「オーストラリアには、君のような技術を持った人はいないんだ。とても楽になったよ。」と言って目に涙を浮かべていた。その後滞在中に彼の家に行くことはなかった。

実は、私がオーストラリアに行くことになったのは、サーフィンだけをしに行った訳ではない。日本で学校に行き、資格を取り、修行をした9年間で腕を身に付け、自信も得た。
しかし迷いがあった。踏ん切りがつかなかったというのが、正直なところだろう。
もちろん食っていくために仕事をする。しかしそれだけが独立の理由にならなかった。

オーストラリアの1ヶ月間にその理由を探しに行ったのかもしれない。この体験が勇気を与えてくれた。逃げることができない状況で助けを求められたら、持っている全てで自分を活かす。そういうことができるこの仕事で独り立ちする覚悟と喜びをあの外国の患者さんに教わることができた。


帰国し、3週間後に治療院を開業した。

それから慌ただしい時が3ヶ月経った頃、ホームステイ先にお礼の手紙を書いた。

その後返信が届いた。あの男性は、数週間前に息を引き取ったと。
彼は、あの後もヤスの治療を受けたことを凄く喜んでいたと綴られていた。
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